閉鎖空間のSNS以外で、読書メインのやっつけブログを2010年開設→12日間で無残にも放置→2011年311から3ヶ月を契機に「原発事故考察」の為に復活。 読了日記は自分の備忘録の為、ネタバレ満載ご容赦!


by akane-kmj
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鉢呂経産省大臣辞任(1) 辞任会見

ここ2日間、鉢呂元経産省大臣辞任に至るまでの、マスコミ各社の数々の記事を検証した。
結果、あぶり出されたのは、マスコミが最早「真実を報道する」という機能も、歪みを是正する自浄作用も、完全に失っているという確たる証拠だった。

ここで一つ一つの検証をしてゆくが、その前に、最初に見て頂きたいのが、下記、辞任会見の全録画(約40分)である。
 
 ⇒ 110910 鉢呂経済産業大臣 辞任会見 iwakamiyasumi3 on USTREAM.  

私が特に注目したのは一旦会見終了直前(39:41から)のTPP問題での前原氏牽制姿勢と、食い下がる記者に応えての、線量に関する発言。
【会見終了間際の鉢呂氏発言趣旨】

TPPに関しても、両極端ではなくwinwinの関係で行けると思い、全漁連や農業関係の方とは既に話をしてきた。経団連会長とは明後日、会う予定だった。前原さんには、自分が汗をかくので、あまり前の方で発言しないでいただきたいと言った。
(ある意味爆弾発言なのに、記者の反応は殆どなく、一人の記者が再び、「放射能発言」への詰問口調での質問を蒸し返した)

(大臣就任前)学校、一日8時間年200日での1mSvを目指すというのはおかしい。
学校はコンクリートでそれでなくとも低目、居住区との総和で考えるべき、
また、60%とか40%とか、元々高い汚染度から、何%削減と言うのは意味が無い、
との地元の話を受けて、全く同意。管総理へも進言し、除染支援計画を立てた。


 これほど国民感情・地元感情に寄り添った発言を、今まで、どの政治家が正面切ってしてきたか、
数えるほどしか思い当たらないし、閣僚としては初めてである。
調べてみたところ、鉢呂氏は、大臣就任前にも何度か福島入りしており、クーラーの必要性を強く訴え、線量基準をより下げることへ具体的な数字をあげての提言なども、官邸に対して、している。
福島県民の方のブログでも、環境改善への鉢呂氏の貢献度をたたえて感謝している旨の記述がいくつもあった。
「死の町」も、「放射能発言」に続けての「まず除染しなければはじまらない」という言葉も、鉢呂氏のそのような活動における、「実感」としての発言だったわけだ。

 そもそも旧与党の自民党政権下で「想定不適当事故」との言葉遊びの下、イカサマ基準と手抜き検査の帰結として現実に起きてしまった原発事故である。
分・秒単位で進行する破滅的事故ストーリーに、まともな対応策も持たず、東電への指示も出せない安全委や保安院は、自民党が保持してきた組織である。
また、熱心に原発誘致し、100mSV でも大丈夫の発言で解任署名運動も起きている山下俊一をリスクアドバイザーとしていち早く招聘し、年20mSv基準をゴリ押し、「見えない死の灰」が住民を襲うに任せた、原発推進旧与党=自民党の粉がたっぷりかかった佐藤雄平が知事の福島県である。
(昨年10月知事選では、民主・社民の支援の他に、プルサーマル受け入れ・原発推進貢献により、自・公の県連からも支援されている)

重大な責任を感じてしかるべき自民党からまで、危機管理能力が無いだの、事故初動がまずいだのと、すっかり無能政府扱いされていることに、怒るべき現与党=民主党の藤村修官房長官が、鉢呂氏「死の町」発言を巡って、原発推進してきた佐藤福島県知事へ、詫びの電話を入れる必要があったのか、と疑問に思う。
任命者である野田総理以下、民主党は、党をあげて鉢呂氏を護るべきだった。
護れない・護らない、その理由は何だったのか。

また、経産省と言えば、全てが「元」となった役職者だが、松永和夫事務次官、寺坂信昭原子力安全・保安院長、細野哲弘資源エネルギー庁長官、という放射能ばらまき3官僚に、退職金を上乗せしてその「労をねぎらった」という、曰くつきの「伏魔殿」。
対して、大臣就任後の鉢呂氏の言動は、どれをとっても今までの経産省色とは異質で、脱原発を願う多くの国民からは、大いに歓迎されていた。


 一時帰宅した自宅の庭にも季節は巡り花が咲き、空は青く高く、雲は流れ、
だが、命あって動く者たちは、動物も人もおらず、一部では窓ガラスを割られての盗難被害。
世話を受けられずに水さえも飲めずに倒れ、挙句には共食いし、また餓死した、家畜の死骸。
わずかに動くものと言えば、放たれて野犬化して生き延びている、痩せた犬達。
静かに、だが、断固、命あるものを拒絶する風景、日々の営みが失われた町。
これを「死の町」と言わずして、なんと言おう。


(鉢呂氏も、「言ってはならない言葉かもしれないが、そのような表現しか選べなかった」との趣旨で述べている)

「死の町」、それは、浪江町から避難している私の親友も、一時帰宅後の感想で言っていた言葉であり、他の、福島住人の多くの方のブログでも目にしてきた言葉。

この辞任会見を見て、また、鉢呂氏の福島入りの議員活動を知れば知るほど、経済産業省の大臣の椅子にこそ、座っていてほしい政治家だったと強く思う。
いや、「椅子に座っているだけ」ではなかったから、うとまれたのか。 辞任は、無念極まりない。

9日の鉢呂氏「死の町」発言を問題視し、それを機に、一部記者達から明らかにされたとする、
マスコミによる「鉢呂放射能発言暴露協(狂)奏曲」
視察から戻った鉢呂氏を囲んでの、深夜の非公式取材による、目撃者申し合わせの、
しかし伝言ゲームなみにお粗末な報道の数々。

鉢呂経産省大臣降ろしの不自然さを、次の記事で検証する。
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by akane-kmj | 2011-09-13 06:23 | 311原発事故:政府報道等