閉鎖空間のSNS以外で、読書メインのやっつけブログを2010年開設→12日間で無残にも放置→2011年311から3ヶ月を契機に「原発事故考察」の為に復活。 読了日記は自分の備忘録の為、ネタバレ満載ご容赦!


by akane-kmj
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カテゴリ:311大地震・災害 被災者( 4 )

大きな地震のニュースです。
 ⇒ NZのクライストチャーチで強い余震、ビルの倒壊や負傷者も


何もできない。怖がることしかできない。
(福島近隣の方々、お願いだから、まずは一旦、福島を離れてください。)

今年の1月初めに、

「これでもう、今年に入って3回目」 と、

福島の親友の日記に地震の事が書かれていた。

北海道から大阪へ12年前に来た私が、
来阪後間もなく知り合った「ご近所友達」の中でも
特に「園芸・農」の点で気があって、世話になって、
仕事・生き方・子育て、そして夕飯のおかずやコンピュータのこと、
彼女も縁ある北海道の地方都市のこと、
と、話題は尽きることなく、
春は桜前線の追っかけ
夏はホタル、秋は紅葉と、誘ってもくれて、
「この年齢になっても親友ってできるんだ!」と
思わせてくれた、【阪神淡路大震災】を経験した友。

その友が、ひょんなことから、昨年3月よりの福島県民。
福島第一原発の近くで、職場・自宅ともに被害にあった。

本当に、「なんてこった!!」だ。

で、この1月、
「このへん(福島)の地震は、ゴーっと地鳴りのあとから、揺れが来る。
今年に入ってから(だけでも)、もう3回目。怖い。
この頻度は何だろう。大きな地震の前触れでないといいのだが。」
と。

そして、2月の22日、NZで大地震。
日本人留学生などが数多く犠牲になって、
心を痛めていた矢先の、311大地震、大津波、さらに福島の原発事故。

直後にはこんな記事を読んでいた。

 ⇒ やはり起きた 太平洋プレート連鎖型地震


「東北地方太平洋沖地震」の次はどこ? などという煽りとは別に、
多くの地震学者が、「3ヵ月後要注意!」との警告を出し、

東北・関東に関しては、「7月 注意!」とのことだった。

今回のNZにしても、「3ヵ月後」の動きに注意との警告が
残念なことに、現実になって、またもや多くの方が犠牲になった。



実は、この311以後に、
それまで、はっきりとした住所を知らずにいたネット上での友人
(きっかけがネット上とはいえ、一方ならぬお付き合いの友人)が
やはり福島県民とわかって、
その友人とも、できるだけ連絡を欠かさぬように、そして、
出来る限りの「情報」を提供できるようにと、
しばらく遠ざかっていたネットの世界に戻ってきた私。

福島情報では、原発や放射能の話ばかりになっているが、
つい数日前、たいへん気になる


しかし、毎日揺れてます、揺れで体調を崩す人もいて
心身ともに「不安定の極み」です。


とのメールを受けている。

いたたまれなくて、
また、
日々明らかになる残酷な汚染の状況もあって、
この福島の友人や
小さな赤ん坊を抱えている宮城の友人にも、
ツイッターなどを通して、しきりに、「疎開」をすすめてきた。

今、東北地方の、特に放射能汚染の酷い地域や
近くに原発を抱えている地域の方、全員に、緊急で

「疎開を!」 と、叫びたい。

 故郷の復興も、元気で生きていてこそ!です。

======================

北海道、まだ、たくさん空いています。

職業相談も数多く受け付けてくれています。

ぜひぜひ、緊急で、ご検討ください。

短縮URLは、幸いなことに、 bit.ly で、 でかいどー! 

の読み http://bit.ly/DekaiD が取得できました
           ↓
 ⇒ 北海道内における震災避難者の受入施設
(受入種類別でも地域別でも、 上部、表見出し下の青いところをクリックでごらんいただけます。)



あまり知られていないけれど、「農」と「文化」が共存する、
【 十勝 】 の、「鹿追(しかおい)」 などは、在道(札幌)時代の私が、
かつて
「こんなところで子育てができたらなぁ~」と思った土地。

そのほか、札幌市内はもとより、その他の「聞いたこともない」と
思われる地方のこと、
選択に迷った際は、個別に、私宛のメッセでのお問い合わせでも可です。
(役所がいいにくいことなども、言える・・・全くの個人的参考意見ですが)


子どもの放射能被害が心配と言う方、
チェルノブイリ事故後5年半にも及び、
ベラルーシで子ども達の治療に専念なさった
医師:菅谷 昭 氏が市長の、松本市も いいかも・・・
と思ったのですが、受入表明が早かったため、
現時点ではすでに一杯のようです。 残念!

子どもさんがいて、まだ「疎開」について迷っていらっしゃる方、
下記、少し長いですが、ぜひお読みください。
そして、子どもを守る緊急性を、どうぞご理解ください。

 ⇒ NHK「かぶん」
   ブログ:チェルノブイリ医師の思い:菅谷医師の講演全文掲載


(菅谷昭 氏、今回、にわかに一般にクローズアップされた方ですが、
この菅谷氏のベラルーシでの医師としての献身ぶり、鬼気迫るものがありました。
昔、NHKの番組などで、ごらん頂いた方がいらっしゃるかもしれません。
まともな医療設備もなく予算もない、国に捨てられたような地方で
治療のみならず生活指導から、
日本でのご自分のコネクションの出来る限りを使っての検査機器の充実など、
幅広くご活躍された、非常に人間味溢れる、医師の中の医師とも言える方です。)
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by akane-kmj | 2011-06-13 18:42 | 311大地震・災害 被災者
「つぶやき」で乱れきってしまいましたが、
数時間寝て、少し気持ちの整理ができて来ました。
もう少し文章にして、今一度整理してみます。

でも、落ち着いたと同時に、これ以上ないほどの怒りに襲われています。

 福島

つい最近まで「ご近所さん」だった親友が、
訳あって、福島へ希望に満ちた転居を果たしたのが昨年3月。

原発から直線で25(~27)キロの住居。

情報操作なのか、必要に迫られたパニック抑止報道なのか
現地の様子はニュースで見るような「安穏」としたものではありません。

彼女は仕事が身に染み込んだような、
あるいはその性格が仕事を選ばせたのか、
主に高齢障害者を対象にした福祉の専門家。

原発から30キロ以内の場所にある、民宿も出来そうな大きな住居に、
近隣の災害弱者の方々を受け入れて、自分は動かないと決めたようです。
もっと早くに大阪にある「本宅」に帰る選択肢もあったのに、
ニュースとは違う「異常さ」の中で 、大きな決断をしたのだと思います。
そういう人ですから。

ゆうべからは、目の前の大きな道が、避難する何万という車で身動きの取れない状況。
雪の中、ガソリン補充の場所にさえ、 いつ辿り着くのか分からない今となっては、
ますます動けないと。

一晩明けて今朝。
防護服の関係者が、なおも、
彼女の家の前を避難勧告をしながら周っているとのことですが、
動ける状況ではない事情はますます深刻。

もう1ヶ月以上前から、非常に頻繁な地震に見舞われていた原発の地。

人間のすることに「絶対」は、絶対にないのに、
制御できないものを強引に作り続ける「ヒト」という種。
せめて、最悪を考えた事前策は取れなかったのか。

もっと早くに、少なくとも「群発地震」が起き始めた頃から、
最悪の時の逃げ道確保・誘導は、あってしかるべき。

************************

慣れない地での再就職も果たし、
数々の「田舎での難問」にも、むしろ張り切っていた、
原発から直線距離で25(~27)キロの場所に
今は、立てこもり状態のこの親友。

また、
一緒に北海道巡りまでした「遠野」が縁の友人は
電話は通じているけれど返事はない。
171への登録もない。
明るくて、でも繊細な彼女が無事なら、どれほど傷ついていることか、
そもそも、無事なのか・・無事であってと祈ることしか出来ない。

さらに、
やっと1歳になった赤ん坊を抱えての数々の試練の果てに、
やっと見つけた保育園での「ならし保育」を経て、再就職して、
やっとやっと、いろいろなことが軌道に乗り始めたばかりの、
宮城仙台の、大切な大切な友。
これから、本当に、「これから」が、彼女の人生。

そして、
私をSNSに誘ってくれて、
仙台での牛タンオフ会をした、システムエンジニアの若い友人は
まだ育ち盛りの3人のお子さんと奥さん。
優しくて、30歳になっても茶目っ気たっぷりの、ナイスガイ。
いつもいつも新しいことに挑戦する、気概あふれるタフガイ。

************************

どうやって自分の気持ちを落ち着けたらよいのか、途方に暮れ、
こうして文字にしながら、やっぱり涙が止まらないや。
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by akane-kmj | 2011-03-13 10:05 | 311大地震・災害 被災者

311当日(1)

大阪のとある中高層ビルの10階で、
ワークステーション画面を前にしてのヘッドセットによる
パートタイマーのテレフォンオペレーターとして
いつもどおり就業(架電)中の、14時45分頃。

ゆらゆらと緩慢な「揺れ」を感じて、「おやっ?」と周囲を見回すと
大窓の縦型ブラインドが大きく左右に振れていて、フロア全員がざわつきはじめ、
それでも尚、揺れは止まることなく段々とふり幅は大きくなって、
多分30秒どころか1分以上たってから、隣の席の係長クラスの社員が通用ドアに走り、
手で開放した状態を維持して(通常は、セキュリティ上開け放したままが不可)避難路確保。
特段の指示もないため皆はそのまま自席に座ったままで
数分間に及ぶ揺れが収まるのを不安なまま待った。
(課長は席を立ってフロアを見渡したまま声を発せず)

やがて揺れが収まって、社員(どなただったか不明)から、
「全員、架電を止めて、そのまま待機してください。」 の指示。
私の席の横では、インターネットに繋がる課長席のワークステーションで
先の係長クラスの社員と課長が、画面を眺めたあと、二人で笑顔の立ち話。

「宮城が震度6で千葉が震度5だってさ」
「大きかったですね」
「まぁ、多分どこにも繋がらないだろうから今あわててもどうにもならないし」
「ですよね」

と、(まるで今日はお天気がいいねえとでもいうように)にこやかにご歓談。
フロア全体には100名以上の職員(社員と大勢のパートタイマー)がいるが、
二人の持つ情報が、皆にアナウンスされることはありませんでした。

『宮城-千葉の広域にわたって震度5~6、そして遠く離れた関西の大きな揺れ・・・
阪神淡路どころではないかもしれない』
直感的に、そう感じた私は、
宮城の友人達や千葉に住む娘家族の安否を思いわずらい、気もそぞろながら

『大勢のパートタイマーの中には
この地震で大きな被害を受けたであろう地域に縁故者を持つ者も多いだろうに
せめて
「宮城から千葉にかけてのたいへん大きな地震で大きな被害も予想されますが
今は、どこも通信不能でしょうし、迷惑通信になる可能性があります。
詳細や対応は逐次アナウンスしますので、皆さんは落ち着いて指示を待ってください」
と、その程度の、最低限のことも思いつかないのか、
少なくとも目立つ場所で、笑いながら話す内容ではないだろう』

と、若い管理職二人の危機感欠如を苦々しく思い、そして腹立ちも。


※この記事の投稿は2011/06/08 9:40
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by akane-kmj | 2011-03-11 20:00 | 311大地震・災害 被災者

311当日(2)

15時30分からの休憩を待って、TVのあるホールへ行くと、
TVでは次々と各地被害の速報が流されていて、やはり大変な事態と分かり、
そのうちに、何か、
まるでVTRの早回しでもしているかのような
これまで、パニック映画でもみたことがない、正体不明の画像。
一見ドロリとした、粘度があるとも見える流体が、広い広い面積を覆い尽くして
そこにある全てをなめ尽くしながらうごめく様子。

瞬時にはそれが何を映しているものなのか判断もつかず
まさに「想像を絶する」その画面に目を凝らしました。

『津波?・・・・・・あれは仙台?まさか・・・あの範囲が全部?!』

周りを見回しても、皆がじっと画面を見続けているだけで
殆どの人が声も出ない様子でした。

画面にはたくさんの地名と数字の羅列(あるいは氏名も?)と、
あとはその津波のVTR、各地の地図、日本地図。
涙が出そうになるのをこらえて携帯を拡げて、でも、
やはり電話はするべきではないと思い留まり、
そこへ、福島在住の親友から第一報メール。
================================
【ありがとう無事です】 11日15時50分

職場かなり被害 道 地割れ 倒壊家屋あり
でも無事
昨夜の赤い月 嫌な気分 大当たり

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メールが通じていることが分かり、返信しようとして、
多分私を含む友人達へ一斉送信したと思われる件名と
携帯電源確保が不明の間は、できるだけ負荷をかけぬように
こちらからの送信は思いどまり、
千葉の娘への連絡にSNS利用を思いついて、
また、宮城の友人のなかでも一番心細い思いをしているであろう
1歳の赤ん坊と二人暮らしの友人
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【安否】 11日16時16分

だけでも & できることなんでも
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と、休憩時間の終わる16時30分前に、電報のように短いメッセージ送信。


その後の19時の休憩で、
千葉に住む娘から、SNSでの返信がすぐに来ていたことを確認。
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【RE:安否】 11日16時35分

我が家の地震の被害そのものは軽微。
わかってると思うけど、電話は使わないでね!
テレビで映っている千葉の製鉄所火災、我が家のすぐ近く(><)
火災ね、被害くるほどではないけど、
化学臭で窓が開けられないよ

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反面、架電が中心業務である 私の職場の対応

被災地が架電対象地域でない として、
被災者配慮の若干の注意通達 のみ。
引き続き 通常通りの架電業務。
通信網圧迫への、めだった配慮なし。


に、心底がっかりし、

私が早退すれば、その分だけでも架電件数が減ると思われ、
何よりも、娘・友人のその後の安否不安などもあって、
やはりこの日は早退に決めました。

2011年3月11日、19時10分退社、帰宅20時。

※この記事の投稿は 2011/06/08 13:20
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by akane-kmj | 2011-03-11 20:00 | 311大地震・災害 被災者