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閉鎖空間のSNS以外で、読書メインのやっつけブログを2010年開設→12日間で無残にも放置→2011年311から3ヶ月を契機に「原発事故考察」の為に復活。 読了日記は自分の備忘録の為、ネタバレ満載ご容赦!


by akane-kmj
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読了2010-002 永遠の出口

著者:森 絵都/
ISBN4-08-746011-8 集英社文庫 も 27-1 ¥552+税
2006年2月25日第1刷
2003年3月集英社刊行本の文庫化
初出:小説すばる1999年11月号~2002年2月号(全9回、数ヵ月後との連載)
大人にこその意を込めて☆☆☆☆☆
   

「永遠に」「一生」「死ぬまで」、~できない・・・
という言葉に滅法弱い女の子、紀子の、小学生時代から中学・高校生時代の、
当たり前の日常やら、どの子どもにも可能性のある特殊な体験やらを軸に、
周りの大人・家庭環境などを絡めてその時々の心情を描くことにより、
今を生きている全ての大人に、子どもというだけで過酷だった「あの、子ども時代」を、
苦い反省も交えてノスタルジックに思い起こさせる、珠玉の一篇。

ちょっとした家庭平和の危機や、ぐれかかった中学時代、
そして、はじめてのバイトや、勘違い恋愛の高校生時代、
いずれもたいへんな筆力を感じさせてくれるが、
圧巻は、前回読んだ村上春樹の作品のキーワードともなった12歳の頃の描写。
「小学校卒業」を目前にした女の子同士3人が、卒業旅行ならぬ「卒業記念のお買い物」に
ちょっと背伸びして千葉のデパート(!都心ではなく)へ行った時の一連の行動や会話は、
それが子どもじみた内容であるにもかかわらず、
読んでいて、目のふちに涙が溜まりそうになって慌てた。

この作品を読んで自分のことを思い返してみるとよくわかるが、
あまりにも当然のように「子ども」であることを強要される12歳という年齢の「子ども」達は、
今在る、ここに生きている大人である私やあなたを、きっちりと内包している、
その事実に気づかされて、やや慄然とした思い。

慌てついでに、自分の子育てを思い起こして、
彼ら(私の二人の子)が12歳の時、
私は彼らに何を話し、どんなふうに接していたのか、必死に記憶の断片を寄せ集めたが
見事に指の間からすり抜けて、サラサラと落ちていく。
せめてせめて、私の12歳の時に接した大人たちよりは、私という大人がマシだったらいいのだが。

※ この一冊に関しては、内容の要約はやめました。
  大人の皆さん、ぜひ、お読みください。
  もちろん、子どもたちも。

# by akane-kmj | 2010-01-02 15:00 | 読了:大人必読 年少・青春
著者:村上春樹
ISBN4-06-263086-9 講談社文庫 む 6 ¥514
1995年10月第1刷、2007年12月3日第43刷発行版
1992年10月講談社刊行本の文庫化
村上春樹なのでという理由のみで、☆☆☆☆
   

私と同じ年に生まれた主人公、「僕」。
まだ一人っ子が珍しかった時代に、一人っ子として育ち、
同じく一人っ子で脚の悪い女の子「島本さん」と、
互いに「特別な存在」として交友を持った12歳の頃。
歩き方の特徴から、また、大人になって手術によってよくなっていることから推測すると、
「島本さん」の脚は、多分、私と同じ亜脱性の股関節症。
生まれ年と障害を抱えた脚と、この二つが自分と符合していることが、
全く個人的なことだが、私には興味深かった。

メインのBGMは
060.gif『プリテンド』ナット・キング・コール
060.gif『スタークロスト・ラヴァーズ』
(悪い星のもとに生まれた恋人達;薄倖の恋人達=ロミオとジュリエット)
オンタリオ シェイクスピア・フェス用に1957年;デューク・エリントン、ビリー・ストレイホーン作
オリジナル演奏 アルトサックス:ジョニー・ホッジス、テナーサックス:ポール・ゴンザルヴェス




以下、ネタバレを嫌う方は読むのをお控えください。




やがて、子どもがいつでもそうであるように、親である大人の生活やら、
小学校卒業という環境の変化の中で、「僕」と「島本さん」とは、当然のように別離。

「僕」は当たり前の中学生になり、当たり前の高校生になり
温かさと生真面目さで「僕」を半ば癒すように寄り添ってくれた
普通の女の子「イズミ」と、1年ほど、高校生にありがちな交際をする。
大学進学を前に、「僕」の中のどうにもならない「欠落」のせいで
イズミを損ない、自分を損ない、別離。

決定的な「何か」を求めていることにさえ気づかぬまま、
当たり前の大学生活・当たり前の無難なサラリーマン生活の中で、
ひたすら「孤独」であり続ける、欠落を抱えた「僕」。

蝉のような7年間を経て、
(そういえば、この「7年」は、蝉が羽化するのをじっと待つような、
村上春樹はそのような意味を持たせたのかもしれない)
通り雨のおかげで一人の女性と知り合い、結婚。
女性の親が実業家だったおかげで、サラリーマン生活に終止符を打ち、
自分でも思わぬ才覚を発揮して、小洒落た飲食店のオーナーとしてそれなりに成功。
「僕」の人生の成功(と呼べるもの)は、だいたいが、このような「おかげ」で成り立っている、
というのは、いつもの春樹作品同様。

こうして、12歳から25年後には、「僕」は、ある程度成功した人生を歩み、
一人っ子ではない二人の、男の子ではなく女の子の、父となって、
幸福な「家庭」を持っている。
だが「欠落」は依然として欠落したまま。

そこへあるきっかけで現れた、もう12歳ではない「島本さん」。
主人公「僕」の「欠落」を埋めることができるただ一人の特別な存在である「島本さん」との邂逅は
「僕」に、失ってはいけなかったものを、はっきりと思い出させた。

ナット・キング・コールの歌う「国境の南」には何があるのか、
そこには何か、とても綺麗で、柔らかくて、大きなものがあるのかと思っていた12歳の頃。
だが、大人になった「僕」も島本さん」も、それがただメキシコのことだと知っている。

突然何かに憑かれたように、「太陽の西」に向かって飲まず食わずで歩き続けて
やがてパッタリと倒れて死んでしまうという、
シベリアの農夫がかかる病気:ヒステリア・シベリアナに、
彼もまた襲われるのか・・・・・
# by akane-kmj | 2010-01-01 20:20 | 読了:文芸その他
 

ここ1年間ほど、高校生の時以来の読書量になっているのに、
読んだ本の内容・作者、そして、なんと、タイトルをも、
見事に忘れます。

読書なんてものは、端から自分だけの為の行為なので、
読んだはしから忘れたっていいようなものなのですが、
誰かに感想や感動を伝えたいと思った時に、あまりにも曖昧な言葉しか出てこないというのは、
ちょっと哀しいものがあります。

なので、読了したその日のうちに自分の為の備忘録としての「読書メモ」を書いておくことにして、
そのための手帳を用意したのが昨年の春になる前。
つまり約1年前なのですが、いかんせん、ペンを持たないようになって久しかったせいか、
「書く」というアクションを起こすには、
キーボードに向かうよりは、よほど大きな心構えや内なる手続きが必要と思い知った結果になっただけで、
結局「書く」メモは、断念。

でもどんどん読むので、メモしておきたいことは溜まるばかり、出るはため息ばかり。

そこで、
昔、今年こそはと、お正月から日記を書くべく年末に真新しい日記帳を用意したように、
現代版日記帳である「ブログ」を、と、年末に用意しておきました。
それがここ、文字通りの「取り急ぎ」です。

ブログ説明にもあるように、あくまでも自分の為の備忘録なので、ネタバレ満載です。

できるだけはじめのほうに、その本の出版社・発行日・値段などの純粋情報を書きとめ、
ついでに、私自身の評価を5段階方式ので記録し、
次に、内容に触れないような簡単な感想を書き、
そして、ネタバレ満載の注意書きを大書してから、内容に触れる・・・
という方法をとりますので、興味のある方は、個々の必要と欲求に応じてご利用ください。

それでは、今年2010年の目標、
■1年間で180冊読む
に向けて、いざいざ、
皆々様、新年明けましておめでとうございます。

※180冊は、あくまでも冊数であって、作品数ではありません。
# by akane-kmj | 2010-01-01 00:00 | 初めての方へ